すでに人生も半ばを越えた私がカナダに移住する事になった理由はひとえに夫の突然の逝去に起因する。

 大阪弁護士会の弁護士であった夫は、とても健康な人であった。スポーツマンであったし、私とちがって節制の出来る人でもあった。誰が彼の死を予見できたであろうか。死の一ヶ月前まで、彼は死とはほど遠い存在であった。わたし達は幸せの中にいて、幸せにどっぷりつかったまま、恐ろしいほど油断していたのであった。それだけに思いもかけない事実の到来に、わたしは泣くのさえ忘れてしまっていた。夫の死は、わたしにとって現実となったのは、カナダに移住して一年も経ってからのことである。

 これは、夫の旅立ちの日からカナダ移住後に至るまでの、私的な私的なCliffrose Letterである 。                                   


旅立ちの日に

 夫、柳谷晏秀と私は、書類上は31年、実質35年、知り合って38年の連れ合いでありました。
 ドラマにもならない、つまらない、幸せやいさかいを紡ぎ続けた、腐れ縁の道連れでありました。
 ではありましたが、彼は今、勝手に、一人で、私を置いて、旅立とうとしています。
 
 無念です。裏切りです。残念です。彼にはもっとする事がありました。志なかばで出かけなければならない彼を思うと、悔しくてなりません。私を置いて、こんなに早く旅立つのは裏切りです。私達にも、日差しを浴びて番茶をすすりあう老後があっていい はずでした。残念です。
 
 柳谷晏秀は、いま、旅立とうとしています。 こんなに早く、こんなに突然、老いた両親、たった一人の妹、二人の息子、そして、向こう意気が強いばかりで、歯止めの利かない難儀な妻、猫たちを残して旅立とうとしています。         
 
 本日はご参集賜りましてありがとうございました。

  平成9年11月23日 
堺市桃山台丁27番16号 
                         柳谷千恵子