1999.11

ごあいさつ

「グラデュエイト フロム」「不在者捜し」出版記念のためのごあいさつ

 夫、柳谷晏秀が旅立って、一年になりました。
 「一年」と言う時間空間に、わたしは今までにない過酷な体験と 味わったことのない感覚の嵐を経験いたしました。そして、多くの友人の暖かい支えを感じることが出来ました。 

 甘いと言えば甘い人生でした。夫に庇護されて、自力では生きていな い人生でした。そう思えば、夫の旅立ちという過酷な事態も、わたしに対する運命の、または夫からの報復のように思えてなりません。それほどわたしは、うかうかと多くの時間をすり減らし続けていたのでした。 

 「一年」です。しかし、わたしにとっては、昨日なのです。いや、今日かもしれません。まだ、わたしは夫の旅立ちを認めていないのです。許していないのです。夫の骨は確かに見ましたが、わたしは夫の死は認めません。夫はわたしとともにあり、わたしとともに嘆き、私とともに喜ぶ、わたしの肉にあるのです。

 と言いながら、わたしは辛さに耐えきれず、夫の思い出から逃げるようにカナダに来てしまいました。カナダ・コキットラムの家から、アメリカ・ワシントン州のマウント・ベーカーが富士山のように見えます。

 この秋、その万年雪のある頂上の、小さな湖に彼の灰を撒きました。わたしは、ワシントン州政府には内緒で、その十メーターにも満たない小さな湖を「お父さんのうみ(湖)」と名つけました。
 弁護士こけたら、猫までこけてしまいましたので、わたしは今、窓から、夫のいます山を眺めながら、B&B(ベッドアンドブレックファスト・木賃宿  のようなもの)に泊まりいただいた方々と、楽しい会話をしているのです。まるで夫がいたときと同じように。

 遅くなりましたが、やっと本が出来上がりました。何しろカナダにおりましたので、十分な校正もならず、お恥ずかしいかぎりです。その点はお許し頂いて、夫の瑞々しい感性を本にとどめておけたことを、わたしは今、感謝しています。ありがとうございました。 

              柳谷 千恵子