小さな総括   1999.Dec.30 

         
  とうとう、二十世紀の終わりのときがやってまいりました。この世紀の半ばに生をうけ、この世紀の半ば以上を、試行錯誤ながら、生き抜いて、ここに、私は、今、居ます。
 ともに38年の時を過ごした、夫、柳谷晏秀は97年の11月に旅立ち、98年5月に、私はCanada,GreaterVancouverにて、新しく巣づくりをはじめました。

 柳谷晏秀との長い生活については、すでに拙著「グラデュエイトフロム」にも書き尽くしましたが、私の人生において、綴られた苦しい中にも幸せな物語として、今、満足して思い起こすことができます。

 私は長く、人は一つのStoryしか、生きられないものと決めていました。いや、ほかにStoryが存在するかどうかなど、思いいたらなかったといったほうがいいかも知れません。それほど幸せだったといえますし、また、それほど若かった、おろかだったともいえます。なりわいではないにしても、私はものを書く人間であったにもかかわらず・・・。

 知ったようにして、幾つも物語を書きました。生や死を。まるで神のように・・・・。しかし、それは架空にして、空虚。すべては幼い物語でした。

 私は何も知らなかった。夫があのように突然私を捨てて旅立つまでは・・・。私は奈落の底にいました。私は希望のすべてを失って、立ちつくしていました。私の物語は終わったのでした。

 なぜCanadaに来たか。私は奈落の底から逃げたかった。それです。それだけです。いろいろ理由はほかにもあります。しかし、とにかく、自分の置かれた状況から逃げたかった、自分からも逃げたかった。

 そして、私は、まず自分から、夫の思い出から、過去から、日本から、たくさんの私を絡めているものたちからの逃亡先に、何度も来訪したことのあるCanadaを選んだのでした。 これは正しかった。決断はeasyだったけれど、選んだCanadaはとても優しい国だった。

 そして、このCanadaにもう一つ物語は存在したのです。私は今、もう一つの物語を生きつつあります。おそらく最後の・・。

 1999年9月 私は永住権をArtistのCategoryで獲得することができました。私の年齢ではとてもirregularなことだと友人たちは言います。「もう、これで、この国で死ねる」というのが、私の一つ言葉なのですが、私の紡ぎつつある物語の強力な助っ人であります。

 B.C.州のDriver Licence, ID Card, Care Card,カナダにおけ三種の神器、今、私の宝物です。

 ここに来て、たくさんの多国籍の友人ができました。そして、新しいE-Mail,Chat Friends。私の新しいStoryにさまざまな味付けをしてくれる人たちです。私は彼らにどれだけ慰められたか知れません。

 Millennium私のStoryはどのように展開していくのか・・・。私自身もとても楽しみにしています。

 皆様に幸多からんことを願って、世紀末最後のCliffrose letterを締めくくることにいたします。よいお年をお迎えくださいませ。
with love.

Chieko Yanagitani
2967 Cliffrose Crescent Coquitlam B.C.Canada,V3E 2T2
 0041-1-604-945-5945
             
時々は私のURLをのぞいてみてください。
カナダの様子が少しわかるかも知れません。
また、なにか、お知りになりたいことがあればいつでも
コネクトしてください。すぐにお返事を差し上げます。

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           Love from Chieko Yanagitani in Greater Vancouver
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