今旅立とうとしている母へ
 
 ごめんなさい。あなたの旅立ちの日に立ち会えないわたしを許してください。そして、あなたからはるか離れて、新しい人生を作り出そうとしているあなたの娘をおまもりください。

 一年と九ヶ月と十四日まえ、わたしは夫の旅立ちを見送りました。それはまことにあわただしく、較べようもないほどつらいものでした。あの辛さの中で、わたしはいろいろ学びました。辛さにたえられない自分も悟りました。
 信じられないほどのダメージを受けたまま、わたしは死をすら考えました。わたしの生きるすべは閉ざされていたのでした。わたしは、逃げました。カナダに逃げました。日本でのわたしの生きるすべはみつかりませんでした。私の恢復する方法は他にはなかったのです。

 あれから、大変でした。言葉にすれば空疎なほど、わたしは働きました。一段落して、わたしはあなたに今報告することができます。この国に本当に来て良かったと。

 一度あなたにもこの素晴らしい国をみせてあげたかった。夫が旅立つまで、わたしはずいぶんあなたの元へ通いました。その折、あなたのよく言っていた言葉を思い出します。それはとても悲しい言葉でした。 「お母ちゃんの一生に楽しいことは何もなかった」というものでした。「おまえがうらやましい」ともいっていましたよね。あなたの才気ある人生が閉じ込められていたことを、それを聞いたわたしは辛い思いで聞いたものでした。
 だから、お前は思うまま生きよとあなたは
言っているようでした。

 たしかに、井上家に嫁して、わたしが知っているだけでもどれほどの不幸があなたを見舞ったことか・・・。わたしも共有した数々の悲しみ思い出すことができます。戦後のどさくさから、貧窮、父の死、兄の死。その上、難しい仕事のことなど・・・、あなたは十分に不幸せでありました。でも、あなたはめげなかった。雄雄しくたたかったのです。十分に張ったのです。わたしはあなたの人生に喝采をおくります。あなたは、っぱり偉大だったと。

 わたしたち子供も、大してあなたに幸せな思いをさせることはできまんでした。 わたしたちは、要求水準の高いあなたの望みを十分にかなえることはできなかったと思います。

 しかし、わたしはあなたから大きなものを学び取りました。Independence独立・自立ということです。あなたは最後まで自立していました。これはあなたの年代の人々にはとても難しいことです。でも、あなたはさりげなくそれを押し通してきました。

 頼る夫のいなくなった今、わたしはそのつらさをいたいほど知りました。だからこそあなたの教えに従い、この大きな地球の上を自由に生きていきたいと思っています。どうか見守っていてください。

 わたしを生んでくれてありがとう。育ててくれてありがとう。あなたの勇気気力、頑張りをわたしは忘れないで生きていきます。
  あなたの人生に、あなたの人生の新しい旅立ちに喝采を送ります。
  
 おかあちゃんありがとう!
 
  終わりに、母の最後まで看取ってくださった水野さんに心よりお礼申し上げます。本当に長い間ありがとうございました。
 
                  貴女の千恵子

2967 Cliffrose Crescent Coquitlam B.C.Canada V3E 2T2
 
                              Chieko Yanagitani
 
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