「すばるのかなた」ご出版によせて

  前田廣子さん、このたびはご出版おめでとうございます。  
 遠くカナダに住まいしてはや一年、せっかくの盛大なあなたの出版記念会に列席させていただけないのは、残念な限りです。
 はるか昔、当時通っていたそろばん塾の前で、あなたは小説家になるんだと目を輝かせて語ったことを覚えていますか。あれから、はや、四十有余年、あなたは忙しいお仕事のかたわら、すばらしい短歌をものする歌人となられました。そして、私は、あなたの言葉が心の隅に住まいつづけ、つたない小説を綴り続けることとなりました。
 長い年月でした。「すばるのかなた」のテーマになっている、あなたのお母様のことは、あれからも忘れたことはありません。戦争で夫を失った若くて美しい貴方のお母様が、まだ幼かった貴方たち子供を抱えて、けなげに生き続けたことを私は知っています。
 あのころあなたの家を訪れたとき、ガラス戸越しにもれ聞こえる笑い声を聴きながら、うらやましくも情けない感覚に襲われたことを私は今思い出すことができます。
 そのころ、私の家も、戦後どなたも経験なさったように貧乏でありました。私の家族には、戦死を免れた父がいました。家族はみな健康で、しかし、一粒の飴玉を争う現実がありました。残念ながらあなたたち家族のように、心からこぼれ出るような笑い声はまったくなかったのです。
 あなたたちの賑やかな笑い声をガラス戸越しに聞きながら、私は笑いながら耐えることのできる貧乏もあることを知りました。
 あれから、あなたが、努力し続けた多くの時間を、私は知っています。
 そして、仕事柄、あなたは私たち夫婦を長く助けて下さいました。今、この場をお借りしてお礼を申し上げます。
 ありがとうございました。
 一昨年、弁護士であった夫は、思いもかけぬ早さで黄泉の国へ旅立ち、それを機に、私は新しき自分を求めて日本を脱出、カナダに住まいすることとなりました。
 私は小説を書くとともに、長く絵も描いてまいりましたが、日本からの去りぎわに、あなたのすばらしい命の集大成である「すばるのかなた」の表紙のために、白い彼岸花を描かせて頂きました。これは私一生の記念となることでしょう。白い彼岸花は、夫も私も大好きな花です。そして、あなたの希望の花でもありました。
 もしこの出版が、もう少し早いものであったなら、そして、お母様にお見せできていたら、どんなに喜ばれたでしょう。それが少しく残念ではありますが、すばるのかなたから、いつまでもあなたを見守り続けて下さることでしょう。
 これからも、よりあなたらしい短歌を創作なされ続けられることを、幼馴染の一人として、また、よきライバルとして心から希望します。

私の好きなあなたの歌を一首、
ははそはの母はすばるの彼方より
見守りくるるありし日のまま


カナダより愛を込めて  
柳 谷 千 惠 子

Chieko Yanagitani
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