私の死生観が変わったのは日航機が御巣鷹山に墜落して
多数の犠牲者が出た事件からである。それ以前の私には、死が
とてつもないブラックホールのように思われて、怖くてならなかった。
犠牲者の詳報が連日報道される日々、ある朝、驚くべき記事を
目にした。ここに資料がないので正確ではないのだが、多くの方も
読まれたに違いない。
御巣鷹山の麓の小さな村の焼き場は、日頃ないほどの人々を
紫煙にして大空に送り出していた。ある夜、その隅に置かれていた
ドラム缶が盗難されてしまった。ドラム缶の中身は犠牲者の遺灰と遺骨。
何故盗難にあったか。ここからはその時の解説にあったか、自分の
調査の上か定かではないのだが、そこから、金、銀、プラチナなどが
抽出されるというのであった。盗人にとって遺灰は命ではなく物質に
過ぎないのだ。
私は目が覚めた気がした。なんだ。人間って、なんて賢いんだろう。
何トンもの土を漁って金の粉をかき集めるより、500人もの遺灰から
金を抽出する方がもっと簡単・・・。私だって二グラムほどのプラチナの
リングをはめているではないか。
私はなんだか笑えた。これは人間の感情をこえてしまったもの。かさ
かさと乾いた、人は土塊と同じなんだと。
実際、人間は、地球の構成員の一部に過ぎないのだった。うまいの
まずいのと言いつつ食する魚、豚、牛、野菜。それらの命を奪い取って
生を紡ぎつつけなければならない人こそ業の深いもの。人だけが、他の
命を奪ってもいいというイクスキューズは、本当は成り立たないはず。だか
らこそ、 人はもっと深く「他」を想わなければならないのではないか。
話はそれてきたが、ともかくも私は、どこかで人は特別なんだと思い
上がる、それが死への謂われない恐れなのではないかと考えるように
なった。死は生の続きの上にあり、死はまた新しい生命への原動力と
なるのではないかと私は思い至った。死は客観的なもの、死は個人の
もの。死は死者のもの。それ以来、私はいつ来るか知れない死の時を
恐れなくなった。そして、私は夫の死を納得したのであった。そうだ、恐
れずに、死ぬまで背一杯生きればいのだ。
我がふるさと和歌山の作家佐藤春夫にこんな詩がある。
われら 土より出でたれば 土に帰る
われら 裸にて生まれたれば 裸にて生く。
げにもよーーー
われら 1人にて生まれたれば 1人にて生く。
ひとりにて生きて
さて、ひとりにて 死にゆく・・・・・・
八月のある晴れた日、Mt.Bakerへ行く。夫の散骨を、その頂上にして
ある。 夫のために摘んだ裏庭に咲いたダリアとコスモスは、USボーダ
ーカスタムで 係官のチェックを受ける。たわわなダリアをばたばたと叩
いて虫があるじゃないかと怒られながらも没収は免れる。
山頂は万年雪。しかし、山は快晴で、氷河や雪渓があるのに暑い。
ボルケーノの荒々しさが感じられる素晴らしいベーカー山。この山は我
が家のリビングルームから、晴れた日なら毎日見える。USAの政府に
内緒で、私はこの山をお父さんの山、散骨した十メートルにも満たない
湖に「お父さんのうみ(湖)」と名付けている。
夫はベーカー山の土となった。私のピラミッドである。八月のある晴
れた日、長崎の原爆記念日。広島のと双方のなかなか良いNHK特集
番組をみる。
人間はおろかなもの。未だに同じ轍、戦争を、人の殺し合いをやめる
ことが出来ない。わずかのチャンスに恵まれて得られたそれぞれの命を
、そして、 共有できたこの素晴らしい地球上での時を、どうして仲良くし
ていけないのだろう か。
哀しいことである。
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Love from Chieko Yanagitani in Greater Vancouver
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死生観