柳谷千恵子

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   1998年5月に移住後、出会えた人々の話を・・・。


  移住してすぐ、隣のシンディに英語を教えてもらうことになった。

彼女はとても親切で、neighborfood picnicなどと称して、1人暮らしの

私をハンバーガー・パーティに誘い出してくれたりした。彼女の父親

は、ドイツからオランダ、ロシアを通過してカナダに流れ着いたという

ジューイッシュであった。We have many stories.と彼女は話した。

ヒットラーに追われて多くのユダヤ系の人たちが逃げ出したことを

私は知っている。とらわれた人たちはガス室に、逃げおおせた

人たちの1人がシンディの父親なのであった。悲しく虚しい歴史だが、

今も同じことが世界のどこかで行われている。

 1999年に永住権を取得した。Coquitlam Cityは新永住権者を

無料でESL(英語を母国語としない人に対する公共の英語教育クラス)

に行かせてくれるが、それ以前にも私はすでに学校へ行っていて、

そこで昔日本に留学したことがあるというピアノ教師のアンジェラと

出会い友達になった。彼女は次々に私のために日本語の生徒や

絵の生徒を紹介してくれた。物書きとしても絵描きとしても名もない

私にである。実は、永住権を取得する以前から内緒で小遣い稼ぎ

はしていたのだが、今では多くの生徒を持つことができた。

アンジェラのおかげである。彼女は台湾人であった。

 カナダは優しい国である。余り豊かでもないのに、世界の難民を

受け入れ、手厚く保護する。永住権取得後のESLでは、ロシア、

ルーマニア、コソボ、韓国、キューバ、イラン、台湾の生徒が多かっ

た。当時の世界のニュースの縮図である。

 ロシアから来た生物学者は、すでに七十を越えていた。やむに

やまれず捨てた国を思いながら、新しい国で暮らす苦渋が顔に表

れていて、英語の学習もままならない様子だった。

 コソボから来た若い男性。直前まで仲の良かった近隣が殺し合う

という報道を知っていた私は、彼の事情も推し量れたが、解放感か

らか、陽気でクラスの人気者であった。

 ルーマニアから来たピアニストのヘレナは、ある日私に、バイエル

の教則本を貸してくれないかと言った。子供に教える簡単な歌曲が

欲しいのだという。「貴方はピアニストなのになぜ国を出るとき、

沢山譜面を持ってこなかったの?」私は聞いた。何でもないことの

ように。

 8年前、国を出るとき、私たちはたった二つのスーツケースしか持っ

て来られなかったのよ」 ショパンのノクターンの譜面を貸した私に

彼女はそう言った。

 彼女の夫は建設会社のオーナーだったという。国での彼女の生活は

かなり高級な感じだった。私は、チャウセスク大統領夫婦の射殺された

死に顔、ダイヤが埋め込まれた夫人の靴、パレスのような建設途中

のビッグハウスの写真を、彼等にオーバーラップさせずにはいられ

なかった。

 ある日、ロシアからの難民のイリーナが話しかけてきた。彼女と夫は

日本のふりかけが好きだということである。彼女はカムチャッカから来た

歯科医であった。

 「貴方は日本人でしょ。星野道夫をしってる?彼は有名な生物学者で、

写真家だと思うが・・」 

*「白熊に食われちゃった?」私の知識はそんなものでしかなかった。星

野道夫を良く知らなかったのである。

 私はイリーナの次の言葉を待った。「星野はクロー(カラス)が好き

だったのよ。大学教授だった夫は、そのとき星野と行動を共にして

いたの。星野をあやめたブラウンベアーを射殺したのは夫のイゴール・

レベンコなの」

 絶句である。歴史やニュースが肌で感じられるところに私はいるのだ

った。私が即座に彼等をディナーに招待したのはいうまでもない。下手

な英語で何とか詳細を聞き取りたいという私の欲望はどうしようもなか

った。

   ディナーに招待したイリーナとイゴールから、私は「どうぶつ奇想天外」

と言う日本のビデオをもらった。星野とイゴールはTBSのクルーに同行、

ブラウンベアーを取材にカムチャッカ・クリル湖畔にいたのである。イ

ゴールや他のスタッフは小屋で休んでいたが、星野は1人でテントで

就寝中にブラウンベアーに襲われた。イゴールはその熊を追い、射殺

したのだそうである。

 その後私は「星野道夫の仕事」写真集4巻を手に入れることができた。

星野は写真ばかりでなくエッセイや詩も書いている。彼はポーラー

ベアーとワタリガラスに惹かれて、大学卒業後アラスカ大学にいき、

主にアラスカを撮影する写真家になった。ご存じの方も多いと思うが、

すばらしい写真である。

 星野道夫は41歳で結婚、42歳で長男誕生、43歳で逝った。
 
 惜しい人を亡くしたものだが、熊に襲われても、あの世で星野は後悔

していないのではないかとも、私は思った。

 忘れてしまっていたものを思い出すよすがに彼の詩を。


 いつか おまえに 会いたかった

 遠い こどもの日

 おまえは ものがたりの中にいた

 ところが あるとき

 ふしぎな体験をした

 町の中で ふと

 おまえの存在を 感じたんだ

 電車にゆられているとき

 横断歩道を わたろうとする しゅんかん

 おまえは

 見知らぬ 山の中で

 ぐいぐいと草をかきわけながら

 大きな倒木を

 のりこえているかもしれないことに

 気がついたんだ

 気がついたんだ

 おれたちに 同じ時間が ながれていることに


 星野道夫の仕事 第三巻 生き物たちの宇宙 巻頭言より


  (編集部補)星野道夫さんのHP
  http://www.michio-hoshino.com/

  【執筆者プロファイル】

   柳谷 千恵子(やなぎたに ちえこ)
   和歌山県海南市生まれ。同志社大学、社会福祉学専攻。
   横河橋梁大阪支店の支店長秘書の後、弁護士柳谷晏秀と結婚。
   万年候補作家、売れない絵描き、大工、木賃宿くりふろーず亭亭主。
   ガーデニング、コンピューター・アディクト、映画マニア。個展七回。
     URL http://www.cyanagitani.com

  

「数々の出会い」

これはあるMLに発表したものです。