index
1、旅立ちの日
2、蜂鳥
3、クリフローズ通信をお届けします
4、ヘンケルの牛刀
5、新春笑い話をお届けしましょう
6、出版のごあいさつ
7、I got landed immigrant status
8、小さな総括08soukatsu.htm へのリンク
9、裏の庭でつくしを見つけました
10、April 4 '00: イリーナの話
11、July '00: Vancouver便り
12、Oct. 29 '00: 酔歌祭のこと
13、Nov. 26 '00: 藤村の根無し草四つの巻の序
14、Sep.16 '00: I got new boyfriend.
15、Mar. 15 '01: 素晴らしい春の始まり
16、Oct. 11 '01: 酔歌祭
17、アドレス変更のお願い
18、Dec. 22 '01: 酔歌祭の御礼
19、Jan. '02: A Happy New Year to Everybody.
20、Mar. 20 '02: 息子たちへ
21、今旅立とうとしている母へ
 22「すばるのかなた」ご出版によせて
23、柳谷千恵子油彩小品展のお知らせ
24、柳谷千恵子油彩小品展の御礼
26 Cliffrose Letter March 13 2003 停電 in Canada
27 Cliffrose Letter Nov.19.'03 息子の来加
28、Cliffrose Letter Dec.28 '03 眠れない夜は・・・。
29、Cliffrose Letter Oct.6.2004 食い物の話
30..Cliffrose Letter Oct.25 2004  個展のご案内
31.Cliffrose Letter Dec.30. 2004 昨日はどこにもありません。
32.独り女の独り言
33、.死生観
34.数々の出会い
35.Feel Guilty
36.旅立つ親友太田則子へ送る言葉
37.映画の話
38.狭い地球
39.英語でのコミュニケーション 将城
40.モーツアルトとサリエリとChieko
41.商売と信頼関係 将城
42.VOL.36 Cliffrose Letter Dec.30.'05 平穏・平凡・平和
43.Cliffrose Letter vol. 37 - 年賀状とクリスマスカード
44.Mr.Revenko& Mr.Ohyama  
45.Cliffrose Letter vol. 38 ‐ 謙譲の美徳と外国人
46.Vol.39 Cliffrose Letter Feb.18.'06 春のお知らせ
47.Vol.39 Cliffrose Letter Feb.18.'06 花のお知らせ
48.Vol40 Cliffrose Letter Apr.22.'06 イゴール氏と大山氏
.49Mr.Ohyama's Mail
50.Vol.41on Jun 25, 2006 - 住みやすいのはドッチ?日本vsカナダ
51.Vol.42 「崖の薔薇」と町名変更訴訟雑感
52.Vol.43  クリスマスって何の日?
53.Vol.44  Cosmopolitan  コスモポリタン
54.Vol.45 遅い夏の訪れ
55.Vol.46 バンクーバー外食事情
56.Vol.47大根おろしと「ちりとてちん」
57.Vol.48 あけましておめでとうございます
58.Vol.49カナダ人の日本語理解度
59.Cliffrose Letter Vol.48 あけましておめでとうございます
60.Cliffrose Letter Vol.50 2008.Apr. 世代交代のとき?
61.CliffroseLetter Vol.52 29.Aug.:2008 一粒のトマトの種もし死なずば・・
62.CliffroseLetter Vol.53 29.Aug.:2008 匂いの野菜
63.CliffroseLetter Vol.54 5.Oct.2008 フランス生まれのトマトその後
64.CliffroseLetterVol.55 ナイアガラとアメリカ
65.CliffroseLetterVol.56 リサイクルin Canada
66.CliffroseLetterVol.57 新年のご挨拶
67.CliffroseLetterVol.58 往く年来る年
68.Cliffrose Letter Vol.60 柚子の栽培とおからの話
69.Cliffrose Letter Vol.61 チビた鉛筆と蕗の薹 
70.Cliffrose Letter Vol.62カナダ産の新生姜 
71.CliffroseLetter.Vol.63 夫のいます山・Mt.Baker
72.CliffroseLetter.Vol.64 秋から冬へのカナダの風物詩
73. Cliffrose Letter vol. 65 年末のご挨拶 デフレ雑感
 74.CliffroseLetter Vol 66. 今年得たもの無くしたもの  
75CliffroseLetter Vol 67 日加サービス比較
76.Cliffrose Letter Vol .68  Cliffroseはひきこもり
77 Cliffrose Letter Vol .69 今年の収穫と帰化植物
78.Cliffrose Letter Vol .70 Oct.27.2010 サーモンの遡上
79.Cliffrose Letter vol. 71 ーこんなに明るくて大丈夫? 10.12
80. CliffroseLetter Vol.72 2010.12.31 思い出とへぼ将棋
81. Cliffrose Letter Vol.73 年末年始のご挨拶
82.CliffroseLetterVol.73 2011.6.30 コクリコとE-Mailアドレスの変更
83.CliffroseLetterVol.74 2011.12.31 未曾有の被害
84.CliffroseLetterVol.75 平凡な明日のために。 2011.12.31 
85.Cliffrose letter vol.76 お寿司と国際化12
86.cliffroseLettervol.77 来る年のために、楽しい話を。12
87. CliffroseLetter vol 78 「ビフォーアフター」 考
88.Cliffrose Letter Vol. 79  普通の日本人のお正月の過ごし方とは?
89 Cliffrose Letter vol. 80  「ありがとう」を言わない日本人?
90.Cliffrose Letter 81 2014 Dec.30  山頭火の自由律にたくして
91.Cliffrose Letter vol. 82 日加宅配便事情
92CliffroseLettervol84 Cliffrose Letter vol. 84 ミレニアル世代の今年の抱負とは
93.CliffroseLetter VOL85 車の話 2017.
94.Cliffrose Letter vol. 86   便利さの再考
95CliffroseLettervol.87DisableParkingParmitNumber(障碍者用の駐車証のはなし。
  34. 1998年5月に移住後、出会えた人々の話を・・・。


  移住してすぐ、隣のシンディに英語を教えてもらうことになった。

彼女はとても親切で、neighborfood picnicなどと称して、1人暮らしの

私をハンバーガー・パーティに誘い出してくれたりした。彼女の父親

は、ドイツからオランダ、ロシアを通過してカナダに流れ着いたという

ジューイッシュであった。We have many stories.と彼女は話した。


ヒットラーに追われて多くのユダヤ系の人たちが逃げ出したことを

私は知っている。とらわれた人たちはガス室に、逃げおおせた

人たちの1人がシンディの父親なのであった。悲しく虚しい歴史だが、

今も同じことが世界のどこかで行われている。


 1999年に永住権を取得した。Coquitlam Cityは新永住権者を

無料でESL(英語を母国語としない人に対する公共の英語教育クラス)

に行かせてくれるが、それ以前にも私はすでに学校へ行っていて、

そこで昔日本に留学したことがあるというピアノ教師のアンジェラと

出会い友達になった。彼女は次々に私のために日本語の生徒や

絵の生徒を紹介してくれた。物書きとしても絵描きとしても名もない

私にである。実は、永住権を取得する以前から内緒で小遣い稼ぎ

はしていたのだが、今では多くの生徒を持つことができた。

アンジェラのおかげである。彼女は台湾人であった。


 カナダは優しい国である。余り豊かでもないのに、世界の難民を

受け入れ、手厚く保護する。永住権取得後のESLでは、ロシア、

ルーマニア、コソボ、韓国、キューバ、イラン、台湾の生徒が多かっ

た。当時の世界のニュースの縮図である。


 ロシアから来た生物学者は、すでに七十を越えていた。やむに

やまれず捨てた国を思いながら、新しい国で暮らす苦渋が顔に表

れていて、英語の学習もままならない様子だった。


 コソボから来た若い男性。直前まで仲の良かった近隣が殺し合う

という報道を知っていた私は、彼の事情も推し量れたが、解放感か

らか、陽気でクラスの人気者であった。


 ルーマニアから来たピアニストのヘレナは、ある日私に、バイエル

の教則本を貸してくれないかと言った。子供に教える簡単な歌曲が

欲しいのだという。「貴方はピアニストなのになぜ国を出るとき、

沢山譜面を持ってこなかったの?」私は聞いた。何でもないことの

ように。


 8年前、国を出るとき、私たちはたった二つのスーツケースしか持っ

て来られなかったのよ」 ショパンのノクターンの譜面を貸した私に

彼女はそう言った。


 彼女の夫は建設会社のオーナーだったという。国での彼女の生活は

かなり高級な感じだった。私は、チャウセスク大統領夫婦の射殺された

死に顔、ダイヤが埋め込まれた夫人の靴、パレスのような建設途中

のビッグハウスの写真を、彼等にオーバーラップさせずにはいられ

なかった。


 ある日、ロシアからの難民のイリーナが話しかけてきた。彼女と夫は

日本のふりかけが好きだということである。彼女はカムチャッカから来た

歯科医であった。


 「貴方は日本人でしょ。星野道夫をしってる?彼は有名な生物学者で、

写真家だと思うが・・」 

*「白熊に食われちゃった?」

私の知識はそんなものでしかなかった。

星野道夫を良く知らなかったのである。


 私はイリーナの次の言葉を待った。

「星野はクロー(カラス)が好きだったのよ。

大学教授だった夫は、そのとき星野と行動を共にしていたの。

星野をあやめたブラウンベアーを射殺したのは夫のイゴール・レベンコなの」


 絶句である。歴史やニュースが肌で感じられるところに私はいるのだ

った。私が即座に彼等をディナーに招待したのはいうまでもない。下手

な英語で何とか詳細を聞き取りたいという私の欲望はどうしようもなか

った。


   ディナーに招待したイリーナとイゴールから、私は「どうぶつ奇想天外」

と言う日本のビデオをもらった。星野とイゴールはTBSのクルーに同行、

ブラウンベアーを取材にカムチャッカ・クリル湖畔にいたのである。イ

ゴールや他のスタッフは小屋で休んでいたが、星野は1人でテントで

就寝中にブラウンベアーに襲われた。イゴールはその熊を追い、射殺

したのだそうである。


 その後私は「星野道夫の仕事」写真集4巻を手に入れることができた。

星野は写真ばかりでなくエッセイや詩も書いている。彼はポーラー

ベアーとワタリガラスに惹かれて、大学卒業後アラスカ大学にいき、

主にアラスカを撮影する写真家になった。ご存じの方も多いと思うが、

すばらしい写真である。


 星野道夫は41歳で結婚、42歳で長男誕生、43歳で逝った。
 
 惜しい人を亡くしたものだが、熊に襲われても、あの世で星野は後悔

していないのではないかとも、私は思った。

 忘れてしまっていたものを思い出すよすがに彼の詩を。



 いつか おまえに 会いたかった

 遠い こどもの日

 おまえは ものがたりの中にいた

 ところが あるとき

 ふしぎな体験をした

 町の中で ふと

 おまえの存在を 感じたんだ

 電車にゆられているとき

 横断歩道を わたろうとする しゅんかん

 おまえは

 見知らぬ 山の中で

 ぐいぐいと草をかきわけながら

 大きな倒木を

 のりこえているかもしれないことに

 気がついたんだ

 気がついたんだ

 おれたちに 同じ時間が ながれていることに


 星野道夫の仕事 第三巻 生き物たちの宇宙 巻頭言より


  (編集部補)星野道夫さんのHP

  http://www.michio-hoshino.com/




  【執筆者プロファイル】

   柳谷 千恵子(やなぎたに ちえこ)

   和歌山県海南市生まれ。同志社大学、社会福祉学専攻。

   横河橋梁大阪支店の支店長秘書の後、弁護士柳谷晏秀と結婚。

   万年候補作家、売れない絵描き、大工、木賃宿くりふろーず亭亭主

   ガーデニング、コンピューター・アディクト、映画マニア。個展七回。


     URL http://www.cyanagitani.com