映画の話が出ましたので、映画世代としてはつい
お話に加えていただきたく思いました。
たった二つのスーツケースでバンクーバーに移住して、
最初に手に入れたのは古いピアノでしたが、その次に
手に入れたのは、61インチの画面のテレビでした。その後、
絵の生徒の家で大きなスクリーンを見つけて、早速購入
いたしました。100インチのものです。いま、ベイスメントは
キャパシティわずか六席の映画館というわけです。
実は大学時代以来、映画マニアでして、2500巻もの古い
ビデオを持っていたからです。「戦場にかける橋」「ウエスト
サイドストーリー」「人間の条件」「戦争と平和」など、長い
ものはお弁当を持って見に行きました。貧しくて、アルバイト
ばかりの日々でしたが、映画を見るのは食べるより好きでした。
「風と共に去りぬ」も何度もリバイバルされていて、何度も
見ました。あんなすごい映画が、私の生まれる前に作られて
いて、しかもその国と竹やりで戦うとは・・・ね。
移住するまで、たくさんの映画を見ました。映画が私を育てた
といえるかもしれません。
ずいぶん後になって、「小日向村」という映画も見ました。
貧しい信州の小さな村の貧しい農民の家族の話です。その
ころ推進されていた満州への移住を宣伝するための映画の
ようでした。文学座の杉村春子などが出ていて、驚きました。
あの小磯良平ですら、戦争画を書いた頃ですから、誰が
そのことを攻めることが出来るでしょう。しかし、多くの悲劇と
残留孤児が生み出された歴史の一端を垣間見ました。政治
にもてあそばれる悲しい現実でした。
わがB&Bにいらっしゃるお若い方は、映画に興味をもたれ
ない方が多いのですが、隙を見つけて私が一番お勧めする
のは「ニューシネマパラダイス」イタリア映画です。90年の
アカデミー賞だと思いますが、サウンドトラックの物悲しい
バイオリンの音と、その美しい画面とストーリーに自分を
絡ませて、感動してしまいます。趣味が多様になって、映画
産業も廃れている今、若い彼らに、どれだけ訴えられたか
知る由もありませんが・・・。
それまでの古い映画のテレビでの再演は、コマーシャルの
せいでカットの連続、完全版は望めませんでした。その頃です。
WOWOWという衛星放送が出来たのは。私はライブラリーの
ごとく、昔懐かしい映画を集め始めてしまったというわけです。
この薄汚い、物によっては、録画状態もあまりよくなかったり
するビデオたちですが、多くの歴史と、私の青春の喜びと悔恨
とが凝縮された宝物というわけです。私は今、これらをDVD化して、
カナダの地に残しておきたいと考えているところです。
柳谷 Chieko 拝
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from ChiekoYanagitani in GreaterVancouver
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映画の話
あるMLに投稿したものです。