当然事   高村光太郎

 あたりまへな事だから
 あたりまへの事をするのだ。
 空を見るとせいせいするから
 崖へ出て空を見るのだ。
 太陽を見るとうれしくなるから
 盥のようなまっかな日輪を林中にみるのだ。
 山へ行くと清潔になるから
 山や谷の木魂と口をきくのだ。
 海へ出ると永遠をまのあたりに見るから
 船の上で巨大な星座に驚くのだ。
 河のながれは悠々としているから
 岸辺に立っていつまでも見ているのだ。
 雷はとほうもない脅迫だから
 雷が鳴ると小さくなるのだ。
 嵐がはれるといい匂いだから
 雫を浴びて青葉の下を逍遥するのだ。
 鳥が鳴くのはおのれ以上のおのれの声のようだから
 桜の枝の頬白の高鳴きにきき惚れるのだ。
 死んだ母が恋しいから
 母のまぼろしを真昼の街にもよろこぶのだ。
 女は花よりも温暖だから
 どんな女にも心を開いて傾倒するのだ。
 人間のからだはさんぜんとして魂を奪うから
 裸という裸をむさぼって惑溺するのだ。
 人を殺めるのがいやだから
 人殺しに手をかさないのだ。
 わたくし事はけちくさいから
 一生を棒にふって道に向かうのだ。
 みんなと合図をしたいから
 手をあげるのだ。
 五臓六腑のどさくさとあこがれとが訴えたいから
 中身だけつまんで出せる詩を書くのだ。
 詩が生きた言葉を求めるから
 文ある借衣を敬遠するのだ。
 愛はぢみな情熱だから
 ただ空気のやうに身に満てよと思ふのだ。
 正しさ、美しさに引かれるから
 磁石の針にも化身するのだ。
 あたりまへな事だから
 平気でやる事をやろうとするのだ。
 
 
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  VOL.36 Cliffrose Letter Dec..31.'05 平穏・平凡・平和


 移住して八年。2005年も間もなく暮れようとしています。今年は春に
大切な友を亡くし、辛い思いをいたしました。またしかし、たくさんの
新しい出会いもあり、楽しい年でもありました。皆様にはいかがでした
でしょうか。
 年の瀬にあたり、いつもながらの 駄文をお送りいたします。

 私の実家はいまは材木屋ですが、もとは棕櫚問屋でした。父母は
よくいう、ぼんぼんとお嬢でして、江戸の頃から続いた商売は、浮沈が
激しく、私の幼い頃は全くひどいものでした。勿論、時代や経済の変動
などもあったでしょうが、それにしても、よほどの商売べただったのでしょう。

 借金取りに断りを言わされたり、借金取りに行かされたり、畑で収穫
した豌豆や大根、サツマイモ、鶏の卵を、隣近所に売りに行かされ
たりと、それが私の幼少期の思い出です。近所でも比べ物にならない
大きな家に住んでいましたから、プライドを捨てきれないぼんぼんやお嬢
には出来ないことだったのでしょう。
 私なら、子供にそんなことをさせずに自分ですると思うのですが、
この歳に なると、幼子を使わざるを得なかった父母の意地、悔しさ、
悲しさが少しはわかるようになりました。

 勿論悪いときばかりではなく、蝶よ花よとお手伝いさんつきの時も
少しはありました。踊りもピアノも、大学も出してはもらえました。まあ、
その落差がひどかったということでしょうか。

 商売には、高い山と同じ深さの谷があることを、私は幼女の頃から
身をもって知っていたのです。ともかく、私の幼少期は、戦後のことも
ありましたが、悲惨なものでした。悲惨は少し大仰でしょうか。しかし、
屈辱にまみれた数々の思い出はなかなか拭い去れないものですね。

 人生に無駄なものはないとか。私も学びました。それは、親の
轍は決して踏まないというものでした。

 以来私の人生哲学は「平穏・平凡・平和」です。単純なものです。
幼女の頃から自らを脅かすものに、勘が鋭くなっています。我が
人生哲学を脅かす危ないものが、透けて見えてしまいます。

 しかし、勿論アーティストとして大成しない大きな理由が、この
平凡という、金太郎飴的発想が原因にあることは、自覚もしてい
ます。冒険は楽しいし、危険をはらんでいるものは胸躍らせ、スト
ーリー性もあって、美しい。

 私の絵も小説も、私の人生哲学から一歩もはみ出していないこ
とを私は知っています。そしていまの私のカナダでの生活ですら・・・・・。
 要するに私は丸ごと平凡な女なのです。いまさら言うまでもありま
せんが。だからこそ、私を脅かすものから身を守るすべを、本能的に
会得しているようなのです。

 夫が旅立って八年、なんとか幸せに生かされているのは、我が
人生訓に抗わなかったせいかとも思われます。これからも、たとえ
足をすくわれそうになったとしても、それをうまくかわしながら生き抜
いて行きたいと希望しているのですが。はてさて・・・。

 皆様に取りましても、来る新年も、あたりまへの「平穏・平凡・平和」で
ありますように・・・。信じてもいない神に祈ることにいたしましょう。

 柳谷Chieko 拝
 
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VOL.36 Cliffrose Letter Dec.30.'05 平穏・平凡・平和