柳谷 様
お元気そうですね。二十七日にはイタリアに出発されるとのこと。ぼくは一度も彼の地
には行ったことがありませんが、いずれ訪れたいと思っている土地の一つです。今度、
機会があれば、イタリアのことを詳しくお聞かせ下さい。
クリフローズレターに私のような者のことを書いていただけるとは光栄です(恐縮至極
かな?)。自分が書いた手紙をこのような形で読み返すと、何かこそばゆいような恥ずか
しいような気がしますが、もしお役に立てるのならどうぞお使い下さい。ぼくはかまいませ
ん。以下、ご質問の略歴です。
1954年 山口県岩国市生まれ。
1979年 東京水産大学(現東京海洋大学) 卒業
同年 米国スクリップス海洋研究所 留学
1981年 北洋漁業協会勤務 対米漁業交渉に従事
1985年 アラスカ駐在
1990年 独立 以来アラスカ在住
独立してからは水産コンサルタントやレストラン経営などいろいろなことをしてきました。
現在はアラスカ航空に勤務しながら、写真を撮ったり小説を書いたりしています。
柳谷様の文章のなかで、ぼくが星野道夫さんに「心酔していたにちがいない」云々とあ
りましたが、ぼくは彼に対し「心酔」という感情とは違うものをもっていたような気がします。
これはぼくだけではなく、多分アラスカに住んで星野さんのことを知っていた人たち全部
がもっていた感情だと思うのですが、星野さんはぼくたちの友人であって、それ以上でも
それ以下でもない存在でした。同じ目線でアラスカの生活を共有し、心を通い合わせるこ
とのできる、一人の友でした。
だから変に星野道夫さんを神格化したり、特別な目で見たりする最近の風潮には違和感
をもちます。ぼくの思い出のなかにある実際の彼と、様々な人たちが書き表す半ば神格化
された星野道夫との間に、大きなギャップを感じるのです。確かに彼はユニークな人生を
歩みましたし素晴らしい作品も残しました。しかし、だからといって死んだ人をあそこまで
崇め奉るのもどうかなと思うのです。彼が生きていたら、彼が一番嫌がると思えるような
持ち上げ方をする人が、彼の死後、急に増えたような気がするのです。
ぼくは彼を尊敬していましたが、心酔はしていなかった。このようなことを書くと意外に
思われるかもしれませんが、もともとぼくも星野さんもそのようなものの見方を共有して生
きて来たのです。価値や権威を人に置かないというものです。自分を低いところにおいて
頑張っている人には敬意を表しますが、権威や名声を嵩にきて威張っているような人と
は一線を画してきました。
彼の死に方が衝撃的だったのと、彼の残した作品が群を抜いていることで、商業的に
もまだまだ価値があることは容易に納得できます。でも彼の死を利用している人が多い
のも事実です。その臭いが感じられると、ぼくは居たたまれなくなるのです。
生前、星野さんが通っていたジュノーにある古本屋さんに最近立ち寄った別の友人の
話です。その友人は、昨夏、その本屋に行って、まだ健在な女主人と星野道夫さんの話
をしてきたそうです。その女主人は、「アメリカで星野さんのエピソードが書かれた本が二
冊出たけれども、どちらも星野さんのことをスーパースターのように扱っている。もっと普
段の星野さんのことが書かれたものを読んでみたい」と言ったそうです。その話を聞いた
とき、ぼくはまったく同感だと思いました。
星野道夫さんはドジで、口下手で、ずぼらで、食いしん坊で、苦笑を伴う人間くささをも
った人でした。そのような欠点をもつ反面、何事にもひたむきで、多くを語らない、思いや
りのあるナチュラルな生き方に、周りの人は共感を覚えていました。だからとても人間くさ
い星野道夫を知っていて、だからこそ友人になりえたとも言えるのではないかと思います
。でもいまは、その星野さんがどんどんと他人の手で作りかえられていく。ぼくの知らない
星野道夫が勝手に歩き回っているのが昨今です。
話が長くなりましたが、もし柳谷様が星野道夫さんのことを書かれるなら、必要以上に
彼を持ち上げないでやって欲しい。そんな想いをもっています。
イタリア旅行、楽しんできて下さい。
大山卓悠 拝
「心酔していたに違いない」について以下のような大山氏の書簡がありました。
大切なことなので、彼の言葉のままリンクしておきます。お読みくださいませ。
大山氏のメール